
Text by Tomoyuki Kage
2026年に入り、世界のバーチャルヒューマン業界は静かに動いている。
NVIDIAはACEをAIエージェント基盤として広げ、Synthesiaは対話型アバターへ踏み込み、UneeQは企業トレーニング用途を伸ばしている。Character.AIやInworldのように、人格や行動エージェント側からこの領域に接続してくるプレイヤーも増えた。
一方で、Soul Machinesの管財入りは、この市場の難しさも浮き彫りにした。
興味深いのは、これらが一つの方向に収束せずに、人型インターフェース、AIエージェント、デジタル従業員、リアルタイム音声モデルと、それぞれ異なる入口から市場が形成されている。
本稿では、2026年時点で実際に動いている世界の主要プレイヤーを追いながら、バーチャルヒューマン市場の実像を整理する。
2026年2月5日、ニュージーランドのAI企業 Soul Machines に対し、KPMG New Zealand の Leon Bowker 氏と Luke Norman 氏が receivers(管財人)として選任された。これはニュージーランド官報にも 2026年2月10日付で公告されている。
出典:2/10/2026 SOUL MACHINES LIMITED (in receivership)
同社は2016年創業。人間の表情や感情反応を伴う「Digital People」で注目を集め、これまで累計で1.35億ドルを調達してきたと報じられている。Temasek、Salesforce Ventures などの名前も投資家として挙げられている。
出典:AI casualty: Once high-flying Soul Machines in receivership, KPMG looks for buyer
その企業が管財手続きに入ったことは、バーチャルヒューマン市場にとって象徴的な出来事であった。
背景として報じられている論点はいくつかあるが、まずは顧客維持の問題である。報道では、Mercedes-Benz、ANZ、Air New Zealand など初期の象徴的顧客との関係縮小が伝えられている。
もう一つは資本構造である。2024年6月付の convertible note deed に基づき、Bartok International が secured party として登場しており、この金融構造も今回の手続きで言及されている。
この出来事を「バーチャルヒューマン技術の否定」と読むと、やや粗い理解である。
Soul Machinesが目指したのは、表情生成、対話、人格設計、企業統合をまとめて提供する重いモデルであった。技術的には先進的である一方、商用化には高いコスト構造を伴いやすかった。そして、導入企業ごとの具体的な業務課題に対して、継続利用につながる十分な価値を示しきれなかった可能性がある。少なくとも、初期の象徴的な導入事例が長期的な商用利用として残り続けなかったのではないだろうか。
UneeQやSynthesiaなど、より用途特化型のモデルが並行して伸びていることを見ると、問われているのはバーチャルヒューマンの是非ではなく、どの設計が成立するかなのではないだろうか。
その意味でSoul Machinesは、市場の転換点を示した企業として位置づけるべきである。

Soul Machinesの管財入りが市場の転換点として語られる一方で、同じニュージーランド発のUneeQは、かなり異なる軌道を描いている。2025年12月9日、同社は過去最高水準の成長と中東・北米での拡大を公表したが、その発表で目を引いたのは、従来の「デジタルヒューマン企業」という打ち出しより、Immersive Training Platformという位置づけが前面に出ていた点である。
出典:UneeQ Announces Record Global Growth as Digital Humans Redefine the Future of AI
この変化は単なる言い換えではない。近年のUneeQは、受付アバターや接客インターフェースよりも、営業訓練、マネジメント会話、顧客対応シミュレーションといったロールプレイ型の用途に比重を移しており、対話するデジタルヒューマンを「情報を返す存在」ではなく「練習相手」として設計している。そのためUneeQの場合、アバターは見た目の演出ではなく、会話訓練の没入感を高めるための装置として機能している。
このモデルが一定の説得力を持つのは、人型インターフェースである理由が比較的説明しやすいためである。問い合わせ対応であれば、テキストや音声でも成立しうるが、対人訓練となると相手に人格的存在感があること自体に意味が出る。そのため、アバターが装飾ではなく重要な機能の一つとして位置づけられやすい。
その考え方は導入事例にも表れている。Qatar Airwaysの「Sama」は、UneeQが手がけた代表例として継続的に紹介されており、2025年1月にはAI cabin crew influencerとして新展開も打ち出された。
出典:Curated travel experiences, embodied by AI.
また2026年4月には、同社がImmersive Training Platform向けに3D Analytics機能を発表しており、単発のデモではなくプロダクト進化が継続していることもうかがえる。
出典:What’s new in Immersive Training Platform? Introducing 3D Analytics
こうして見ると、UneeQは「リアルなデジタル人物」を売っている企業というより、対話シミュレーションのためのインターフェースを提供している企業として理解した方が実態に近い。Soul Machinesが統合型で重い構造を志向したのに対し、UneeQは成立する用途を絞り込みながら市場適合を探ってきた。その差が、現在の立ち位置の違いにも表れているように見える。
巨大スケール企業と呼ぶにはなお慎重であるべきだが、生き残っている理由には説明がつく。未来像を先に売るのではなく、成立するユースケースから組み立てているためである。
現在この領域で成長企業として外しにくいのがSynthesiaである。2026年1月26日、同社は 2億ドルのSeries E調達を発表し、評価額は40億ドルに達した。前年2025年1月時点の21億ドル評価からほぼ倍増であり、同時に企業顧客基盤の拡大も報じられている。
もっとも、この会社を単なるAI動画生成企業として見ると、この市場での意味を取りこぼしやすい。
Synthesiaが示しているのは、リアルなデジタル人格を作らなくても、人型インターフェース市場は成立しうるという別モデルである。
Soul Machinesが高度な統合型モデルを志向し、UneeQが対話シミュレーションに軸を置いているのに対し、Synthesiaは知識伝達や企業コミュニケーションから市場を広げてきた。研修、オンボーディング、社内教育、製品説明といった用途では、完全な人格モデルより「説明する存在」としてのアバターが機能しやすく、この割り切りが市場形成を後押ししたと見られる。
実際、2025年4月にはARR1億ドル到達が公表されており、資本市場の評価だけでなく、事業としての traction も確認されている。
出典:AI Video Startup Synthesia Valued At $4 Billion In New $200 Million Raise
興味深いのは、その先の動きである。2026年1月26日付のFinancial Times報道では、同社が調達資金を conversational AI avatars の開発に充て、2026年夏を目途により対話性を持つ機能展開を進める方針が伝えられた。これは、Synthesiaが動画生成会社からAIインターフェース企業へ寄ろうとしている動きとして読むこともできる。
出典:UK AI start-up Synthesia hits $4bn valuation
この点は、バーチャルヒューマン市場の見方を少し変える。従来は、高度な人格モデルやリアルタイム3D表現が議論の中心になりやすかったが、Synthesiaはそこを必須条件にしなかった。むしろ企業が導入できるレベルまで軽量化し、その上で徐々に対話性を加えていく順番を取っている。
この設計思想は、Soul MachinesともUneeQとも違う。
一方が人格、もう一方が対話訓練を起点にしてきたとすれば、Synthesiaは知識伝達から市場に入っている。その違いは、この領域が単一モデルに収束していないことを示している。
むしろ現在は、複数の実装モデルが並行して成立し始めている市場として見るほうが実態に近い。Synthesiaの伸長は、そのことを示す材料の一つである。

バーチャルヒューマン市場を、単に人間そっくりの見た目を持つインターフェースとしてではなく、人とAIとの関係設計まで含むものとして見るなら、Character.AIは周辺プレイヤーではなく、補助線として非常に重要な存在である。その理由は、この会社が従来のデジタルヒューマン企業とは逆方向、すなわち人格と対話から市場を形成してきたためである。
その転機としてまず押さえるべきなのが、2024年8月2日に公表されたGoogleとの大型ライセンス契約である。この日、Character.AIは同社の大規模言語モデル技術をGoogleへ非独占ライセンス供与することを発表し、同時に共同創業者のNoam ShazeerおよびDaniel De FreitasがGoogle DeepMindへ復帰することも明らかになった。Reutersはこれを、単なる人材移籍ではなく、大手テックによる高度対話AI技術への戦略投資として報じている。
出典:Google hires top talent from startup Character.AI, signs licensing deal
さらに、2024年8月23日にはGoogleがShazeerをGeminiのtechnical co-leadに任命したことも報じられ、このディールが一時的な協業ではなく、より深い意味を持つものとして受け止められるようになった。
出典:Google appoints former Character.AI founder as co-lead of its AI models
この二つの出来事は、人格ベース対話モデルが、エンターテインメント的なチャットサービスではなく、基盤技術として評価され始めていることを示している。
加えて、利用規模も見逃せない。2025年を通じて複数の市場調査で、Character.AIの月間アクティブユーザーは数千万規模と推定され、特に滞在時間の長さが特徴として報告されている。Demandsageなどの統計系サイトでは、Character.AIの月間利用規模や滞在時間の長さが取り上げられている。ただし、訪問数・MAU・平均滞在時間は推計元によって幅があるため、ここでは「高い継続利用が見られるサービス」として捉えるのが適切である。
出典:Character AI Statistics (2026) – Global Active Users
ここで重要なのは、これは単なる利用者数の話ではないということである。人が人格を持つAIと継続的関係を持とうとする市場が成立しうることを示している点に意味がある。
従来のバーチャルヒューマン企業が、見た目のリアルさを起点に存在感を作ろうとしてきたのに対し、Character.AIは会話と人格から存在感を形成している。この発想の違いは、バーチャルヒューマン市場を考える上で無視できない。彼らが人格との関係性に需要があることを証明した点は大きく、もし今後この人格レイヤーがUneeQやSynthesiaのような人型インターフェースと結びつくなら、バーチャルヒューマンという概念自体が別の方向へ進化する可能性もある。
その意味でCharacter.AIは、直接の競合というより、この市場を理解するために欠かせない補助線である。
2026年3月のNVIDIA GTCにて、AI agentsとenterprise deployment関連発表が行われ、ACEはカスタマーサービスや業務アシスタント向け文脈で扱われた。セッション群では、LLM、音声、アニメーション、オーケストレーションを組み合わせた構成が前提となっており、デジタルヒューマンを単独プロダクトではなく構成要素の集合として見る考え方が前面に出ていた。
出典:Nvidia GTC 2026: 'It all starts here' - relive the Jensen Huang keynote as it happened
2026年1月5日のCES基調講演では、Rubin、Cosmos、physical AI、autonomous drivingなどが大きく扱われた。ACEそのものが主役だったわけではないが、NVIDIAがAIキャラクターやデジタルヒューマンを単体アプリではなく、より広いAIスタックの一部として位置づけている流れは、2025年のACE関連発表から継続している。
CES2026の詳細については、別稿 CES 2026 レポート:自動運転の産業化とヒューマノイドロボットの台頭 でも取り上げた。
ここで起きている変化は、バーチャルヒューマンを提供する主体が「専業企業」だけではなくなっていることである。従来は、一社が人格、対話、見た目、インフラを統合するモデルが想定されやすかったが、現在はLLM、音声生成、リアルタイムアニメーション、推論エンジンが別レイヤーで組み合わされる構造へ寄っている。ACEはその構造変化を代表している。
この方向性は、2025年1月6日のCESでも見えていた。このときNVIDIAは autonomous game characters としてAI teammate構想を発表し、対話だけではなく認識、判断、行動を含むエージェント構造を提示していた。PUBG向けAI teammateについてはThe Vergeが詳細を報じている。
出典:Nvidia’s AI NPCs are no longer chatbots — they’re your new PUBG teammate
この構造を前提にすると、第一世代バーチャルヒューマン企業が抱えていた課題の見え方も変わる。以前は一社で抱えるしかなかった構成が、現在は分解された形で実装できるため、コスト構造や参入条件が変化しているからである。
Soul Machines、UneeQ、Synthesiaがそれぞれ異なるモデルを提示している一方で、NVIDIA ACEは個社モデルの外側で市場条件そのものを書き換えている動きとして読むことができる。
2026年2月19日、Inworld AIは自社を Realtime Voice AI Research Lab と位置づけ、Speech-to-Speech Realtime API、モデルルーティング、リアルタイム音声モデル群を前面に出した。公開資料ではFortune 500顧客としてNVIDIA、NBCUniversal、Logitech Streamlabsなども挙げられており、従来の「AI character company」という説明より、リアルタイム対話エージェント基盤としての色合いが強くなっている。
出典:Inworld AI: Realtime Voice AI Research Lab
もともとInworldはゲームやインタラクティブメディア向けAIキャラクター企業として認識されることが多かったが、最近の説明では重点が変わっている。人格を持つNPCを作るというより、会話し、判断し、行動するキャラクターエージェントをどう設計するかに比重が移っている。
この方向性は、2025年1月29日に公開されたNVIDIA AI Podcastでも確認できる。InworldのChris Covertは、対話ボットから autonomous agents への移行について説明し、キャラクター設計を perception、cognition、action を含むものとして整理していた。また同時に、StreamlabsとNVIDIA ACEを組み合わせた AI-powered streaming assistant の構想も紹介されている。
出典:Leveling Up User Experiences With Agentic AI, From Bots to Autonomous Agents
この構成は、Character.AIとはやや性格が異なる。
Character.AIが人格との継続的関係に重心を置いているのに対し、Inworldは人格に加えて行動モデルまで扱おうとしている。人型インターフェースの文脈でいえば、存在感に加えて振る舞いを設計対象に含めていることになる。
その流れは、2025年9月17日に公表されたStreamlabs Intelligent Streaming Agentでも確認できる。InworldとNVIDIAの連携により、実況補助、リアルタイム反応、コンテンツ操作を行う co-host agent として紹介されており、単なる対話キャラクターではなく、操作主体を伴うエージェントとして位置づけられている。
出典:AI-Weekly for Tuesday, September 23, 2025 – Issue 183
こうした動きを見ると、Inworldは従来のバーチャルヒューマン企業と完全に同列ではないが、人格モデルとエージェントモデルが接続し始めている領域を見る材料としては外しづらい。
Character.AIが人格レイヤー、NVIDIA ACEが基盤レイヤーに位置するとすれば、Inworldはその間で、キャラクターとエージェントを接続する試みとして読むことができる。最近の市場がアバター単体ではなくエージェント化へ寄っていることは、この動きにも表れている。


2026年4月時点で見えているのは、バーチャルヒューマンが一つの完成形に向かって進んでいる市場ではないということである。Soul Machinesが示した統合型モデル、UneeQが探っている用途特化型モデル、Synthesiaの知識伝達型モデル、Character.AIやInworldが示している人格・行動エージェント側の進化、そしてNVIDIA ACEのような基盤側の動きは、それぞれ方向が異なる。
ただ、ばらばらに見えるこれらの動きには共通点もある。
いずれも、人型インターフェースを単なるアバターではなく、対話、行動、業務支援の接点として再定義しようとしている点である。その意味で、この市場を「成功しているか失速しているか」で捉えると実態を見誤りやすい。
むしろ、成立しうる実装モデルが絞り込まれつつある過程として見るほうが近い。
かつては概念先行で語られることも多かった領域であったが、現在はどの用途なら成立するのか、どの構成ならコストに合うのか、どのレイヤーを自社で持つべきかといった、かなり実務的な論点に移ってきている。

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